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研究室の紹介

小澤伸晃(昭和63年卒)
British Columbia Research Institute for Children's & Women's Health

宮越 敬(平成4年卒)
Division of Reproductive Sciences, Oregon National Primate Research Center, Oregon Health & Science University, Portland

柏木 哲(平成9年卒)
Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, Boston
Edwin L. Steele Laboratory for Tumor Biology, Department of Radiation Oncology:

柏木亜紀(平成8年卒)
Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, Boston
Vincent Center for Reproductive Biology, Department of Obstetrics and Gynecology:

岩橋和裕(平成4年卒)
The Institute for Biogenesis Research, John A Burns School of Medicine, University of Hawaii

石川光也(平成8年卒)
The Burnham Institute, San Diego, California

長島 隆(78回)
Postdoctoral Associate, Department of Pathology, Baylor College of Medicine, Houston, Texas

森定 徹(平成9年卒)
Department of Anatomy, University of California, San Francisco

小野政徳(平成12年卒)
Division of Reproductive Biology Research, Department of Obstetrics and Gynecology, Feinberg School of Medicine at Northwestern University, Chicago

升田博隆(平成9年卒)
The Ritchie Centre, Monash Institute of Medical Research,
Monash University, Obstetrics and Gynaecology

山田満稔(平成14年卒)
山田朝子(平成17年卒)

The New York Stem Cell Foundation Research Institute, New York

村上 功 (平成15年卒)
Department of Pathology, University of Cambridge

 


小澤伸晃(昭和63年卒)
British Columbia Research Institute for Children's & Women's Health

2 私は2004年12月よりバンクーバーのブリティッシュコロンビア大学の研究施設で研修をさせて頂いております。バンクーバーはカナダの西海岸に位置し、日本より最も近い北米の都市であり、気候も温暖で多くの旅行客が訪れる風光明媚な観光都市です。海と山に抱かれた街は自然と美しく調和しており、ビクトリアやウイスラーあるいはカナディアンロッキーといった世界でも有数な観光地が周辺には控えています。

 今回留学先としてこちらを選んだのは、ブリティッシュコロンビア大学遺伝学教室のロビンソン教授の主宰するラボで行われている生殖遺伝学に対する研究に以前より大変興味を持っており、いつか時間が許せば環境も素晴らしいこのバンクーバーの地で研究生活を送ってみたいという漠然とした思いがあったからです。ロビンソン教授は胎盤性モザイク、トリソミーあるいはX染色体の不活化などに対する研究により、これまでに非常に多くの論文を残されています。生殖や周産期を専門として臨床を行っている自分にとって血液、流産絨毛や胎盤といった臨床検体を用いて行われる研究方法は大変魅力的であり、将来に必ず応用できると考えました。また研究施設はカナダの代表的な母子センターと隣接して存在しており、臨床に関連したカンファレンスなどにも出席することが可能となっています。現在自分の勤務する国立成育医療センターも病院と研究所が隣接した非常に良く似た形態をもっていることから、相互の協力体制や医療システムなどを見聞することも有意義であると考えました。

 ただ実際に留学生活を始めてみると、多くの人が経験することかもしれませんが、コミュニケーションをはじめとしていろいろなことが思うようにはいかず、次から次へと煩雑な手続きが多く嫌気がさすことも確かにあります。日本で契約したブリティッシュコロンビア大学のキャンパス内にあるアパートも家具など必需品が全く備わっておらず、カーペットも所々に染みがあるような状態でした。毎日のようにオフィスに出向いて苦情を言いに行ったり、買出しに遠くまでバスに乗って行ったものでした。自分が留学生活を始めた12月はバンクーバーではもっとも天候の悪い時期なようで、ほとんど毎日が雨で観光地のイメージとは程遠い感じで、バスを待つ停留所で冷たい雨にうたれて重い荷物を持ちながら凍えそうになったことが思い出されます。またバンクーバーには日本人も多いとの話でしたが、こちらに来て驚いたことは中国、韓国あるいはブラジルといった他国からの移民者が非常に多いということでした。そのため多くの人が二ヶ国語以上に堪能であり、自国の人たちとは自国の言語を用い、共通のコミュニケーション言語として英語が存在していました。日本語しか喋れない自分は英語や中国語、フランス語が飛び交っている中でただ一人蚊帳の外といった感じで、今では多少は慣れましたが初めは大変情けない思いをしたものです。

1 早いものでもう半年くらいが経過しようとしています。今年の冬は二回ほど大雪が降りましたが、春の訪れは早いのか2月中旬には桜も咲き始めました。そして日照時間が日毎に長くなり最近では夜9時近くまで明るいままで、晴れた日には陽射しも強くサングラスや日焼け止めの必要性を強く感じます。自宅の近くにはダウンタウンも一望できるビーチがありますが、週末にはバーベキューやマリンスポーツを楽しむ多くの人々で夜遅くまで賑わっています。また街中の至る所で色とりどりに花が咲き誇り、緑いっぱいに包まれた景観は本当に見事であり、穏やかなカナダ人の気質にも触れながら環境の素晴らしさを実感しています。研究所の方も幸か不幸かだんだんと忙しくなり、案外に自分自身のゆっくりとした時間が持てないことが悩みの種ですが、貴重な機会に恵まれたことに感謝しながら、残された留学生活を有意義に過ごしたいと考えています。

 


宮越 敬(平成4年卒)
Division of Reproductive Sciences, Oregon National Primate Research Center, Oregon Health & Science University, Portland

2-1 私は、2004年4月よりオレゴン州にあるNational Primate Research Centerにて生殖内分泌学の基礎研究に従事しております。Oregon National Primate Research Center(ONPRC)はオレゴン州最大の都市ポートランドの近郊に位置し、全米に8施設あるPrimate Research Centerの1つです。この研究所は1962年にOregon Regional Primate Research Centerという名称で設立され、1998年にはOregon Health & Science Universityの研究機関の1つとなりました。その後、2002年にNIHによりONPRCという名称に変更されました。この研究所では、サルおよびマウス・ラット(総計約3000匹)を用いてreproduction、neuroscience、pathobiology/immunologyに関する研究が行われていますホームページを見ていただくと研究内容を詳しく知っていただくことができます)。
研究棟は林の中に設立されており、周りには野生のリスやシカも生息しております。また屋外コロニーでは数百匹のニホンザルがBehavioral researchを目的として飼育されており、その規模の大きさに驚きました。

 私自身は、慶應義塾大学病院および関連病院での研修・専修ののち周産期研究室に所属し、超音波による胎児診断を中心に周産期の臨床に従事してきました。しかしながら、卒後10年が経った頃から、「周産期以外の分野も勉強してみたい」「いままでとは違った環境で生活してみたい」「実験に関する基本的な考え方を学びたい」という思いから留学(遊学?)を考えるようになりました。そして今からちょうど2年前に当研究所のDivision of Reproductive Sciencesに赴任されたDr. Henneboldがpost doctoral fellowを募集中であることを知り、今回留学の機会を得ることができました。Dr. Henneboldは田中守先生(産婦人科学教室講師、周産期研究室代表)がユタ大学に留学していらっしゃった時の共同研究者にあたります。具体的には、suppression subtractive hybridization法という組織間の遺伝子発現の差異を検出する手法によりDr. Henneboldが見出した卵巣に選択的に発現するproteaseに関する研究を行っています。とはいっても、第一の問題点は語学力です。こちらでの生活も半年が過ぎましたが、相変わらず自分の言いたいことがうまく伝わらず四苦八苦しています(2年間の留学期間が終了しても語学レベルは同じような気もします)。今まで読み書きの英語にしか接してこなかったことが悔やまれてなりません。また、分子生物学的手法を用いた実験を行った経験がないこと、タンパクの合成って??(医化学はほとんど覚えていません)という状況も加わり、悪戦苦闘の毎日です。しかしながら、今年40歳になられたばかりのDr. Henneboldの直属の部下はテクニシャン2人と私だけであり、些細なことでも気兼ねなく質問できる環境には満足しています。Dr. Henneboldは驚くほど真面目な方であり、先日御自身の研究ノートをお借りした際に最初のページが目次になっているに気付きました。研究者としては当然のことなのかもしれませんが、ノートの書き方から見習わなくてはならないと感じました。

2-2 オレゴンといえば、かつてテレビで放映された「オレゴンからの愛」という番組を思い出される方もいらっしゃるのかもしれません。オレゴン州は米国西海岸・ノースウエストに位置し、海・山・砂漠など多彩な自然に恵まれた州です。特にポートランドは豊かな自然に恵まれた美しい街であり、米国では「バラの都市」の愛称で親しまれています。自宅から車で西に約2時間走れば海岸線(Oregon coast)へ、東に約2時間走れば風光明媚な山・渓谷(Columbia riverやMt. Hood)につきます(オレゴン州公式日本語ガイドもご参考に)。7、8月には毎週末ドライブに出かけ、初めて見る大自然に家族全員感動するばかりでした(写真はColumbia riverの河口で、遠くには太平洋が見えます)。また、晴天の日には街中からもMt. Hoodの壮大な姿を見ることができます。

従来より日本との交流も深いこともあって、オレゴンの人々(こちらではOregonianと称します)は親日家が多く、予想以上に日本人が住みやすい土地です。こちらが日本人だとわかると、「日本に旅行するとしたらどこがお勧め?」と聞くスーパーのレジのおばさんや、「こんにちは」とあいさつする郵便配達のおじさん(海軍所属時代に横須賀在住)など、気さくな人が多いのには驚いております。現在、私達家族4人は研究所近くの住宅地に住んでいます。近所の人々は英語もろくにしゃべれない日本人に対して、芝刈り機やソファを貸してくれたり、中古で買った机を修理してくれたり、小学校の必要物品を教えてくれたり、非常に親切で助かっています。渡米前に想像したアメリカ人のイメージとは異なり、オレゴンには親切で真面目な人が多いようです。先日お会いした在米20年の方も、ご自身の経験も踏まえ、他州と比べオレゴンはリベラルで親切なアメリカ人が多いとおっしゃっていました。

2-3 半年が過ぎ家族一同こちらの生活にも慣れてきました。妻は日本でも実現しなかった運転免許取得に成功し、2人の子供達も頑張っています。車を運転できないと身動きがとれない土地なので、妻には免許を取ってもらいました。とはいっても私が週末に我流で教えていたので、日本で運転経験のない妻にとってはさぞかし大変だったと思います(教えたのはブレーキとアクセルの位置、シグナルの出し方および度胸ぐらいだったのかもしれません)。また、「小学校にはESL(英語を第2言語とする子供向けの授業)があるのだから大丈夫だ。」という私に対し「だって先生の説明も英語だからわかるわけないよ」といっていた子供達も、最近アルファベットと簡単な単語を覚え、以前よりはアメリカ生活を楽しんでいるようです。

海外生活は家族4人にとってきっと貴重な体験になるものと考えております。また、米国の文化にも触れ、留学生活を実りあるものにしたいと思っております。最後になりましたが、今回の留学に際しお世話になりました方々に御礼を申し上げます。
2004年11月

 


柏木 哲(平成9年卒)
Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, Boston
Edwin L. Steele Laboratory for Tumor Biology, Department of Radiation Oncology:

3-1 私は、産婦人科入局後、臨床研修・大学院での研究生活を経て、2002年12月より米国・ボストンのEdwin L. Steele Laboratory for Tumor Biology, Department of Radiation Oncology, Massachusetts General Hospital, Harvard Medical SchoolにおいてPostdoctoral Fellowとして腫瘍血管新生の基礎研究に従事しています。

 ボストンは米国にとって独立戦争の始まった古都であると同時に、ハーバード大学やMITなどの学術界での主要施設を擁する米国の頭脳といえる場所です。ハーバード大学の関連施設の中でもMassachusetts General Hospitalは全米最古の病院であると同時に、業績的にも経済的にもNIHの生命科学研究の最有力拠点といえます。

 私の所属する研究室のボスであるRakesh K. Jain 教授はもともと化学技師で、正常組織や腫瘍での物質や酸素の輸送の研究より出発し、現在では様々な遺伝子改編マウス・実験的腫瘍を用い、主に生体顕微鏡下にて物質輸送や拡散などのパラメータの計測という手段により、腫瘍血管やリンパ管新生・機能の基礎的研究から抗腫瘍療法の効率化や新治療法の開発というところまでを視野に入れた様々な研究を展開しています。研究室は他のボストンの研究室と同様、周囲の研究に対する態度は真摯であり、常に明かりが消えることがなく、熾烈な競争が展開される場所ですが、逆に自己の研究能力を磨き、質の高い研究に接する格好の場所であるという印象を持っています。更に、ボストンで研究する利点として、自分の研究室だけでなく、周囲の環境、つまりボストン近隣の研究室・研究施設の質の高さ、情報の多さなどがあげられると思います。ボストンでの研究に関する情報量は世界一といってもいいほど膨大であり、最先端の話題の量、その伝達の速さには目を見張るものがあります。これにはやはりボストンの研究者人口の大きさが貢献しているように思います。特定の学問分野の著名な研究者の多くがボストンに集中していることもまま見られることですし、これらの人々によるセミナーの多さ、そこで交わされる情報量などから判断しても学術会で無二の環境を作り出しているといえます。


3-2 私も渡米後2年が経過し、生活、研究にもある程度慣れてきた頃なのですが、このすさまじい環境で研究資金を獲得し、生き残ってきているボスのJain先生を見ていると、アメリカの研究者というものの厳しさを感じることがしばしばあります。ずば抜けた記憶力と瞬時に物事を見抜く洞察力という生来の才能だけではなく、質素な生活の中で、膨大な量の文献・情報を絶え間なく勉強し更新するという莫大な努力も払っている点に多くを学び、自分の不勉強さを痛感させられると同時に、研究者や研究環境の本来あるべき姿についても毎日考えさせられています。

 現在、妻(同じく慶応の産婦人科医局)も同じくMGHの一研究室にて生殖医学の研究を開始し、夫婦二人で研究生活を送っています。二人とも実際に異国で仕事を遂行する難しさを肌で感じています。しかしながら、やはり単なる旅行や滞在と違い、この体験を通し、二人でアメリカの生活習慣や文化を堪能することができています。前述の通り、ボストンは古い植民地時代の歴史を持つニューイングランド地方の古都で、寒冷な気候ですが、ニューヨークと共にアメリカの文化の一つの中心となっています。ここでは米国の伝統や習慣に接する機会も多く、今年もボストンから86年ぶりのレッドソックスの優勝やマサチューセッツ州選出の上議院議員のKerryの大統領選への出馬など大きな話題が発信されました。二人の毎日と言ったら、その時の喧騒や話題などを実際に体験しつつ、何とか二人で乗り切りながら、こちらも一筋縄では行かない研究を何とか毎日こなしているといったところでしょうか。外国での仕事や生活は必ずしも順調なものではありませんが、この機会を大切に米国での時間を過ごしています。

 


柏木亜紀(平成8年卒)
Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School, Boston
Vincent Center for Reproductive Biology, Department of Obstetrics and Gynecology:

私は2004年8月より、Vincent Center for Reproductive Biology, Department of Obstetrics and Gynecology, Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School(米国ボストン)にて、Postdoctoral Fellowとして生殖医学の研究を開始いたしました。

日本では慶応産婦人科での臨床研修と同時に、吉村教授・丸山講師のご指導の下、子宮の脱落膜化をテーマとした生殖医学の基礎研究を続けて参りました。今回、日本での研究内容と同様のテーマにて生殖医学の研究に取り組む研究室で研究をする機会に恵まれ、現在留学して数月が経過し、ようやく仕事・生活が軌道に乗り始めたところです。

私の所属する研究室では、婦人科腫瘍から卵巣の幹細胞の研究まで、産婦人科にかかわる幅広い研究がされています。ボスのTilly先生、Pru先生はアイデアが豊富な人で、研究室の同僚には、様々な人種・国籍を持った人たちが集まり、実験内容も遺伝子組み換えマウスからゼブラフィッシュを使ったモデルまで多種多様な研究が展開されています。 アメリカと日本では、生活のペースがまったく異なり、さらに言語や習慣の違いといった面で仕事・日常生活ではいまだ慣れないことが多いのですが、研究室の人達はそんな外国人に対してもお互い理解しあえるように努力してくれます。私の研究はまだ始まったばかりですが、そんな人種・国籍・研究のるつぼのような研究室から科学と同時に多民族国家であるアメリカという国についても多くを学んでいます。

末筆になりますが、留学に際しご高配いただきました産婦人科学教室ならびに埼玉社会保険病院の諸先生方に深く感謝いたします。

 


岩橋和裕(平成4年卒)
The Institute for Biogenesis Research, John A Burns School of Medicine, University of Hawaii

3-2 私は、2004年8月より、The Institute for Biogenesis Research, John A Burns School of Medicine, University of Hawaiiに研究留学をしている。ここは、受精・精子に関して世界の第一人者である柳町隆造教授の研究室であり、1998年には、世界ではじめての体細胞クローンマウス(卵丘細胞を用いたためにcumulinaと命名される)が若山照彦博士の手により誕生した場所でもある。元来、不妊症を専門分野とし、卵子における受精プロセスの解明について学位研究を行ってきた自分にとっては、とても魅力のある研究施設であった。今回、関係各位のご協力、およびいろいろなご縁により、本研究室にて山崎由起子博士の指導のもと、マウスクローンおよび生殖細胞に関する研究を開始することができ、とても嬉しく思っている。

 到着早々に、ホノルルで開催されたInternational Society of Differentiationの13th international conferenceに参加する機会を得て、ES cellからoocyte を作製したDr. Hans Scho¨lerや若山博士の講演を直接拝聴し、研究への熱意が増強され、よい刺激を受けることができた。若山博士と話をした際、「ハワイにいた3年間が自分の中で最も幸せな時期でした、なぜなら、ここ柳町研では、一部の実験計画は一任されていて、結果が出ないかもしれないばかげた実験にも、最も時間を費やすことが許された場所だったからです。」と彼は言われた。柳町教授は自らが研究員であったころの経験から、「研究において最も重要なことは、単純かつ本質的な疑問を発することである」ことを学び、子弟たちにもこのことを実践させてこられたのだ。この環境のもと、クローンマウスが誕生したのである。到着間もなく、教授は私を部屋に呼んで、こう仰った。「一日に5分でいいから、頭を真っ白にして考える時間を持ちなさい。往々にして、ばかげた考えから大発見がうまれるのだから。」

3-1 さて、ハワイでの研究生活の特徴としてもう一点忘れてはならないもの、それは、この恵まれた大自然である。青い空、青い海、豊かな緑に囲まれた生活は、心にゆとりをもたらしてくれる。余暇を利用して、大自然を満喫するもよし、大自然に囲まれて、研究に没頭するもよし、ここでは、各個人それぞれのスタイルで生活している。とにかく、あらゆる面で恵まれたこの研究生活を、楽しくかつ充実したものにしてゆきたいと思う
(写真:われわれの研究棟は、University of Hawaii の Manoaキャンパスにある医学部のビルに隣接して作られている)

 


石川光也(平成8年卒)
The Burnham Institute, San Diego, California

みなさまこんにちは。私は今、教室の御高配により米国カリフォルニア州サンディエゴのThe Burnham Instituteに留学させて頂いております。こちらに来てまだ2ヶ月足らずですが、近況および留学先の紹介をさせて頂きます。

私の住むサンディエゴはカリフォルニアの南西端、まさにメキシコとの国境の町です。海に面して年中温暖、南カリフォルニアの陽気な雰囲気、蒼い空、ビーチ、サーフィン、ヨット、トムクルーズ、シーワールド、America's Finest City。キーワードはこんな所でしょうか。研究所はそんなサンディエゴの街の北部、海に近いラ・ホーヤという景勝地にありますが、周囲にはUCSD大学を中心に同様の研究所が集中し学園都市の様相です。
研究所は、悪性腫瘍のみならず、神経・加齢研、炎症・感染症研なども併設されいろいろな分野で日々活発な発表がなされております。

私の所属している研究室には主に日本から多くのPhDが在籍しています。私と同世代の彼らもプロの研究者であり、高き理想を掲げて故郷を離れ永年こちらで働いている方もいます。殆ど臨床しか経験のなかった私にとりましては、彼等と接することは大きな刺激になりました。

4-1私は今は、前任の小林先生の成果を引き継いで、子宮内膜癌内膜症の新しい治療法の確立の基になる研究をしております。雑音から離れ日々多くを学ぶことが出来るのもこちらに来たおかげだと思います。

臨床の感覚そして家族や安定した生活とも離れ確かに大きな犠牲を伴いますが、思い切って来たからには研究生活はもちろんカリフォルニア・ライフも十分満喫して、自分にとってプラスとなるような何かが得られるような2年間にしたいと思っております。このような経験をさせて頂いた教室の皆様、ご迷惑をお掛けした国立病院機構埼玉病院の皆様、そして家族に感謝いたします。

 


長島 隆(78回)
Postdoctoral Associate, Department of Pathology, Baylor College of Medicine, Houston, Texas
「こちらヒューストン!」〜テキサスの暑い大地から送る留学期〜

長島 隆(78回) 1. はじめに

 私は2009年4月より、アメリカテキサス州ヒューストンにあるベイラー医科大学で研究留学をさせて頂いております。ヒューストンに対する皆様のイメージはどのようなものでしょうか?荒涼とした町で、枯れ草が風に吹かれて地面を転がるところに、拳銃を腰に差したカウボーイが酒瓶片手に酒場から出てくるイメージ、あるいは、灼熱の大地とサボテンを背景に、投げ縄を持ち馬に乗って牛を追い回すカウボーイのイメージではないでしょうか?しかし、このイメージは全くの誤りであり、実際のヒューストンは、石油、宇宙、そして医療を主とした産業を持つアメリカ第4の都市です。高層ビルが建ち並ぶ都会的な町であり、ヒューストン美術館をはじめとした、大小様々な美術館を多数有する文化的な町でもあります。
 とりわけ医療では、テキサスメディカルセンターと呼ばれる世界最大の医療コンプレックスが存在し、そこではベイラー医科大学とテキサス大学の2医学系大学に加え、ヒューストン大学とテキサス女子大学、ならびに各大学の関連施設と各種専門病院をはじめとする、13病院と50を超える医療関連施設が稼働しています。日本でも有名なMD Anderson Cancer Centerも、テキサス大学の関連施設の1つです。現在は、約6万2千人がこのセンターに従事し、年間約480万人の患者たちが全世界から来院されます。また、隣接する理工学系で有名なライス大学も含め、これだけ多くの大学と関連病院、ならびに研究施設が1カ所に集積している場所は他に類を見ず、その相乗効果は計り知れないものがあると思われます。
 ベイラー医科大学は、このテキサスメディカルセンターの中核の一端を担い、特に人工臓器や心疾患(解離性大動脈瘤の分類で知られるMichael DeBakeyが学長をされていました)で世界的に知られる大学です。

2. これまでの経緯について

 私自身は、産婦人科学教室へ入室後、大学病院と出張病院での臨床研修、ならびに大学院での研究を経て、留学前まで共済立川病院で臨床に従事させて頂いておりました。臨床の合間を縫って実験を継続する傍ら、現在のボスも含めて自分が興味を持った海外の著名な研究者たちにメールを送り、返信をして頂いた方々のもとへ、夏休みを利用してインタビューの旅に出ました。各研究室で、面接と自己紹介を兼ねたこれまでの研究成果に関するプレゼンテーションを行い、実際に働く人たちの意見を伺い、さらに、物価も含めた現地の生活様式を詳細に検討した結果、最終的に現在の研究室を選択しました。

3. ボスについて

 現在のボスであるDr. Martin M. Matzukは、これまでにScienceやNatureを含む一流誌に数多くの論文を発表されてきた世界的に著名な研究者であり、多くの論文でその名前が引用されていることから、留学前よりその名前を存じておりました。また、慶應でセミナーをされた際に彼と話す機会を持ち、その人柄と情熱に強く惹かれ、将来は彼のような研究者のもとへ留学に行きたいと強く感じました。
 Dr. Matzukは自由な雰囲気での研究室運営を基本とされており、開放的な精神のもと、私を含め研究員たちは厳しく締め付けられることなく自由に研究を楽しんでおります。ただし、完全な放任主義という訳ではなく、コミュニケーションを特に重視されておられます。世界各国から学会講演を依頼され、年間の約1/3は海外を飛び回るという多忙な状況にもかかわらず、頻繁にラボに出没され、研究員に声をかけ、研究プロジェクトに関するディスカッションと指示をされております。また、抄読会のようなものは行われていませんが、自分の研究に関係する分野の論文を網羅的に読み、常に知識を蓄えることを事あるごとに訴えられております。

4. 研究環境について

 現在の研究室は、research scientist 4 名、visiting scientist 2名postdoctoral associate 3名、graduate student 3名、instructor 3名という中規模のメンバーで構成されています。しかし、頻繁にsummer studentやshort stay scientistが出入りするため、その構成員は常に流動的です。さらに、毎月入室を希望する多数の研究者たちが面接とプレゼンテーションを目的として世界各国から訪れるため、人の往来が絶えない活発な研究室です。現在は、アメリカ人、メキシコ人、ロシア人、イタリア人、オーストラリア人、フィリピン人、インド人、プエルトリコ人、中国人、韓国人、そして日本人と、かなり国際色豊かな構成となっております。
 また、1〜2ヶ月に1度行われる研究室のミーティングを兼ねたプログレスレポートは、当研究室から新たに自分の研究室を立ち上げたprincipal investigator 2名、ならびにその構成員と共に合同で行われるため、ミーティングルームはいつも多くの人の熱気で溢れています。私の場合、毎回おぼつかない英語で四苦八苦しながら、皆の前で何とか発表と質疑応答を行っているといった感じです。
 大学内は非常にオープンな雰囲気であり、イントラネットを通じて大学内の研究者たちへ一斉にメールを送信できるシステムが構築されているため、常に見知らぬ人同士がメールを介して試薬や機器の貸し借りを行っています。また、みんな気軽に声を掛けたり挨拶したりするので、日本人としては気恥ずかしくてなかなかできない「Hi !」といった呼びかけも、だいぶ口をついて出てくるようになってきました。

5. 研究プロジェクトについて

 当研究室では、これまで主にノックアウトマウスの作成と解析を通して、TGF-β superfamilyの生殖器官での役割をメインに研究を行ってきました。私も現在は、TGF-β superfamilyの1つであるインヒビンやアクチビンのシグナル伝達系をメインに、cre-loxPシステムベースの子宮および卵巣特異的コンディショナルノックアウトマウスの作成と解析を行っております。その他にも、各種卵巣癌細胞株とジーンチップを用いた網羅的な遺伝子解析を基に、miRNA(micro-RNA)も含めた遺伝子レベルでの新たな卵巣癌治療法の開発や、ヒト顆粒膜細胞とRNAチップを用いた、受精卵の質的診断法の開発なども行っております。
 慶應で大学院生として行ってきた研究とは異なるアプローチであり、また、習得すべき新たな知識の量が膨大であるため日々悪戦苦闘しておりますが、当地で得た新しい視座と、これまで慶應で培ってきた知識と技術の全てを用いて、産科のみならず婦人科や泌尿器科も含め、幅広く生殖内分泌学の理解を得たいと考えております。また、滞在期間中にできるだけ多くの知見と人脈を蓄えると同時に、私の後に続く後輩達が、海外留学を通して世界でも一流の研究室で知識と技術を磨ける場を提供できるように、新たな道を切り開いていきたいと考えております。

6. おわりに

 最後に、この場をお借りして、海外留学の機会を与えて下さった吉村泰典教授、青木大輔教授、丸山哲夫講師をはじめ、産婦人科学教室の諸先生、生殖内分泌学講座のスタッフ、そして共済立川病院の皆様に、改めて深謝させて頂きます。こちらでの経験が、帰国後の臨床と研究の遂行に良い影響を与えてくれることを期待しつつ、もう少しこちらで武者修行させて頂くことをお許し下さい。

 


森定 徹(平成9年卒)
Department of Anatomy, University of California, San Francisco

私は、2009年4月よりカリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California, San Francisco : UCSF)の解剖学教室においてリサーチフェローとして約1年間、研究留学をさせていただきました。(現在は国家公務員共済組合連合会 立川病院に勤務。)

8-1UCSFのあるサンフランシスコは、アメリカ合衆国の西海岸、カリフォルニア州の北部に位置しており、ロサンゼルスとならんでアメリカ西海岸の代表的な都市です。一年を通して穏やかな気候に恵まれ、美しい丘陵地帯、ビクトリア建築の住宅、ゴールデンゲートブリッジ、ケーブルカー、夏期の霧など、とても魅力のある風光明媚な場所であることから、世界有数の観光都市になっています。さらにアメリカ国内での評価も、住んでみたい場所のランキングでは常に上位にランク付けされる素晴らしい都市です。また一方では、ヒッピー文化やゲイカルチャーなど、民族と文化の多様性を許容するリベラルな性格を持ったグローバルな都市でもあります。

今回留学先としてこちらを選んだのは、UCSFの解剖学教室のマクドナルド教授の主宰する研究室で行われている血管新生に関する研究に以前から興味を持っており、いつか機会があれば血管研究のパイオニアである同教授の下で研究生活を送ってみたいという思いがあったからです。同研究室は、マウスの組織を使ったin vivoの解析手法により、病態における血管新生のメカニズムや、発生期の血管発生の仕組みについて、これまでに多くの論文を発表していました。大学院博士課程のときに、個体発生や病態形成に必須である血管新生やリンパ管形成の研究領域に魅了され、実験を行ってきた自分にとって、腫瘍や炎症におけるマウスの血管新生モデルを用いて行われる研究手法はとても魅力的であり、臨床への研究の応用も含めて将来にきっと役に立つと考えました。

ただ実際に留学生活を始めてみると、まず研究云々以前に日常生活のレベルでコミュニケーションをはじめとして思い通りに行かないことが想像もできないくらいたくさん待ち構えていました。私の場合、渡米した当初は、前任者も日本人の知人も誰もいない状況でしたので、アパートの賃貸契約や銀行口座の開設など、私のこの英語で本当に通じているの?これで契約してほんとに大丈夫なのかなあ?など一人でずいぶん心細い思いをしながらのスタートでした。

そうした中、たまたま実姉の知人の知人という遠い縁から知り合いになれたUCSFにすでに留学中だった日本人医師のご夫妻には、初対面であったにもかかわらず、日々の食事のことなど身の周りの事から実務的なことまで、惜しみなく何から何まで親切に手助けをしてくださり、本当にお世話になりました。言葉にできないくらい感謝しています。日本人留学生の方々や研究室の同僚のサポートのおかげで、遅れて渡米した私の家族も日常生活を成り立たせることができました。

8-2慣れてきてからは、西海岸のゆったりした豊かな時間の中、日本ではなかなか持てなかった家族とゆっくり過ごす時間も取れるようになりましたし、カリフォルニアワインを吟味してみたり、車でハイウェイを飛ばしてヨセミテ国立公園やロスのディズニーランドに行ったのはとても楽しい家族の思い出になりました。留学期間を通して言葉の壁や文化の違いに直面しながらも、私の支えになってくれた家族にはとても感謝しています。また、留学中にお世話になった方々とは、帰国後も家族ぐるみのお付き合いが続いており、日本での立場を超えた交遊の幅が広がり、人生観が豊かになったのはとても良かったことです。

研究室の方は、留学前に想像していたより意外に地味な研究スタイルでしたが、やはり、アメリカ(UCSF)だからこそ入手できる貴重な新規血管新生阻害剤や、マウスの実験モデルを使って、自分自身の手で実験できたのは、とても貴重な経験になりました。また、研究室のボスや同僚とのやり取りを通して、「どんな細かいテーマでも個々の実験に対して仮説を立て、計画に沿って実験を遂行し、その結果について充分な解析、議論を行って、周囲を納得させるだけのクオリティーのあるデーターと導きだされるlogicを完成させていく」という研究者として基本となる真摯な姿勢をじかに体験できたことは、私にとってとても勉強になりました。貴重な時間を過ごさせていただいたことをボスと研究室の方々に感謝しています。

最後になりましたが、この私の留学についてお力添えをいただき、貴重な機会を与えて頂いた教室の吉村泰典教授、青木大輔教授、同学発生分化生物学教室の須田年生教授に深謝いたします。また、このマンパワー不足の中、暖かく見送ってくれた教室のみなさん、さいたま市立病院の先生方、お世話になったすべての方々に御礼申し上げます。

この留学で、直接目に見える形でないものもいっぱいありますが、自分の将来にとって大切な糧となるものをたくさん得られた気がします。少しでもお世話になった方々に貢献できるように、これからも精進して行きたいと思います。

2010年11月

 


小野政徳(平成12年卒)
Division of Reproductive Biology Research, Department of Obstetrics and Gynecology, Feinberg School of Medicine at Northwestern University, Chicago

8-1私は2010年12月よりシカゴのノースウェスタン大学で研修をさせて頂いております。シカゴは何故か日本人にはちょっと馴染みの薄い街ですが、ニューヨークやロスに次いでアメリカ第3の大都市です。そんなシカゴは五大湖の一つであるミシガン湖に沿ってひらけた美しい街です。シカゴの人々は概して陽気で親切です(これはありがたい!)。こちらには家族4人(妻と子供2人)で渡りました。米国に渡ってさてすぐにボスと研究のテーマについてディスカッションという訳にはいかず、ドラマ「ER緊急救命室」さながらの吹雪の中、気の遠くなるような生活のセットアップが待っていました。今でこそ、この経験を一度したためにもっとスムーズにセットアップが出来ると思いますが、シカゴに来た当初、それはもう大変でした。

留学先としてこちらを選んだのは、ノースウェスタン大学産婦人科学教室のブルン教授の主宰するラボで行われている生殖内分泌学に対する研究に興味を持っており、こちらで研究生活を送ってみたいという思いがあったからです。ブルン教授は子宮内膜症、子宮筋腫それからアロマターゼ、エストロゲン、プロゲステロンをはじめとした研究により、これまでに非常に多くの論文を残されています。子宮内膜症や子宮筋腫といった臨床検体を用いて行われる研究方法は大変魅力的であり、将来も応用できると考えました。また研究施設はPrentice Women’s Hospitalという産婦人科専門の病院(実際見てみるとその規模に圧倒されます!)と隣接して存在しており、臨床に関連したカンファレンスなどにも出席することが可能となっています。手術患者さんは朝6時に当日入院し、麻酔等の説明は朝早くに行われます。米国ならではのメリットとして、様々な分野のTop researcherが同じ施設内にいて、アドバイスを気軽にもらえます。また共同研究やサンプルの供与が頻繁に行われ、貴重な薬剤・ウイルス・プラスミド等も電話・メール一本で快く供与してもらえることがあります。また毎日のようにポスター展示や講演があり、学内で毎日学会が行われているような感覚になります。希望すればこれらにいつでも参加できます。

慶應産婦人科では国際学会への参加が積極的にサポートされている事もあり、ここで世界の様々な医師・研究者達と知り合いになることが出来ました。また研究室の先輩や同僚が海外留学をしておられたことで私も海外留学をしてみようと考えました。今後も慶應産婦人科はグローバルに開かれた教室であり続けるでしょう。また自分が希望した研究室で自分が望む研究を存分にやらせてもらえて、とても有難いことです。日本を離れて海外に暮らしていると、自分の日本人としてのアイデンティティー(まじめ・勤勉がウリ!)が周囲とのコントラストでより鮮明になった気がします。海外留学のお力添えをいただき、貴重な機会を与えて頂いた教室の吉村泰典教授、青木大輔教授、丸山哲夫講師に深謝いたします。また、暖かく見送ってくれた教室の皆様、国立病院機構埼玉病院の皆様、お世話になった方々に御礼申し上げます。

2012年2月

 


升田博隆(平成9年卒)
The Ritchie Centre, Monash Institute of Medical Research,
Monash University, Obstetrics and Gynaecology

8-1現在、私はオーストラリア・メルボルンにあるMonash大学の研究所Monash Institute of Medical Researchに研究留学をしております。丸山哲夫先生のご紹介により、子宮内膜幹細胞の第一人者であるDr. Caroline Gargettの研究室にてPostdoctoral fellowとして子宮内膜幹細胞の研究に従事しています。

メルボルンにはなじみのない方が多いと思いますが、人口は400万人でオーストラリア最大の貿易港がある第2の都市であると共に、別名「Garden city」と呼ばれるほど緑豊かな都市です。英誌『Economist』による「the most liveable city(世界の住みやすい都市ランキング)」では常に上位にランクされ、2011年は約10年間1位を維持してきたカナダのバンクーバーを抜いてついに1位になりました。(ちなみにアジアTOPの大阪が12位で東京は18位でした。)最大の理由は「人口密度が低く相対的に犯罪発生率の低い」だそうです。銃の取り締まりは日本のように厳しく、諸外国のように治安の悪さを日々感じることはありません。メルボルンは南緯37度48分に位置し北緯に直すと福島市に相当しますが、冬でも最低気温は1〜2℃で雪が降ることはありません。基本的に年間を通して乾燥していますが、冬は雨が多くその分実際の気温より寒く感じます。夏は気温が40℃前半まで上昇することがあり、我々も43℃を経験しましたが屋外に出るとオーブンの中にいるようです。そんな日は特に乾燥しているため火事への配慮から、屋外での一切の火の使用が禁止されます。さらに夏は常に水不足であり、庭の水やりや洗車の規制があったり、1日平均水道使用量が多いと値段設定が高くなったりします。他にも気候に関しては特記すべきことが多く、日本と同様に(南半球のため季節は全て逆転していますが)1年の中に四季がありますが、1日の中にも四季があるといわれており、1日の最高気温と最低気温の差が20度ということもあります。また、紫外線量の多さは冬でも容易に日焼けするほどで、小学校では帽子と日焼け対策は必須であり夏は帽子を忘れると外で遊べません。サングラスは通年必要です。メルボルン郊外には、グレートオーシャンロードやフィリップ島そして数多くのワイナリーなど観光地も多いのですが、2008年に日本からの直行便がなくなった後、日本人旅行者激減はもちろんのこと企業の撤退等もあり日本人人口は減少したようで、市内を歩いていても日本人と出会うことはあまりありません。基本的には日本人にとっても住みやすい都市なのですが、最大の欠点は物価の高さです。未だにペットボトル1本の水に$3.5(約300円)を払うのには躊躇してしまいます。

研究所は、メルボルンの中心部から車で45分ほどの郊外にあるMonash Medical Centreの一角に、独立した建物として1991年に設立されています。臨床医とのコラボレーションをしやすい恵まれた立地環境であり、学生も含めた全職員で450人ほどの研究所ですが、名称通り臨床に密接した研究が多く行われています。驚くことに、ほとんどのトランスレーショナルリサーチはPhD主導で行われています。もう一つ驚かされたことは、研究所を見渡すと女性の研究者・PhD学生が圧倒的に多く、私の所属する約65人のCentreの中でも男性は約2割です。私が来た当初は研究所に日本人は私一人だけでした。Gargett研究室では初めての外人Postdocであり、色々な意味でかなりの戸惑いを引き起こしたと思われます。おそらくGargett先生も不安だったでしょう。しかし、時間が経つにつれ私の語学力があがったのではないかと勘違いするほど、私の日本語英語に周りが慣れてきてくれました。それでも、おしゃべりが大好きなオーストラリア人女性の中では寡黙な日本人を装い黙々と研究をするしかないわけで、必然的に日本人の勤勉さはアピールできたのではないかと思います。研究所から10分ほど歩くと、北海道大学を髣髴させるような広大なMonash大学のメインキャンパスがあり大学生達で活気に満ちていますが、郊外であるため土地柄はのんびりしており、15分ほど車で走るとカンガルーにも出会えます。

このような環境で臨床から離れ研究に専念しあっという間に月日が経ち、既に帰国が見えてきました。今後どのようにこの経験を還元していくか、よく考えそして実行していきたいと思います。

最後に、この産婦人科医師不足の中、留学をさせて下さった吉村泰典教授、青木大輔教授をはじめとした先輩そして同期、後輩の先生方に感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。

2012年3月


山田満稔(平成14年卒)
山田朝子(平成17年卒)
The New York Stem Cell Foundation Research Institute, New York

私は、産婦人科に入局して臨床研修●大学院での研究生活●レジデントおよび生殖アドバンストコースにて不妊診療に携わった後、2014年1月よりニューヨーク州にあるThe New York Stem Cell Foundation Research Institute (以下NYSCF)において、Postdoctoral Fellowとして留学させていただいております。大学院生時代は浜谷敏生講師のご指導のもと、独立行政法人国立成育医療研究センター研究所 生殖・細胞医療研究部に国内留学させていただきました。成育では再生医療センター センター長、生殖●細胞研究部部長の梅澤明弘先生ならびに阿久津英憲同室長にもご指導いただき、新規遺伝子Hmgpiが初期胚発生における遺伝子発現制御を司り、着床周辺期胚発生および胚性幹細胞の樹立に関わることを明らかにしました。留学先においてもリプログラミング機構および不妊症のメカニズムの解明を目指して研究を続けています。慶應義塾大学産婦人科学教室は国内、海外問わず開かれた環境で、様々な医師・研究者達と知り合うことが出来ました。こうしたご縁に導かれて、多くの刺激をもらいながら研究に取り組む事ができ、自分一人ではとても成し遂げる事のできない仕事にも携わるチャンスに恵まれています。ここからは私の留学生活を紹介させていただきます。

私が在籍しているラボNYSCFは2005年に設立され、今年で創立10周年を迎える比較的新しい研究組織です。幹細胞研究を通して様々な疾患への治療法の開発をより迅速に推進することを目的に、世界中から集まってきた約50名の研究者が日夜研究に勤しんでいます。ボスのDieter Egli博士はシニアリサーチフェローとしてNYSCFを率いており、これまでに核移植法を用いて、ヒト卵子が体細胞核をリプログラミングする能力を有することや、ヒト卵子の変異ミトコンドリアDNAを置換することでミトコンドリア病の遺伝を防ぎうることを報告するなど、まさに世界をリードする気鋭の研究者といえます。「みなが捨ててしまうサンプルにもたくさんのデータが詰まっている」を口癖に、発生停止した胚も免疫染色やアレイによる詳細な解析を行って、なぜ発生停止したのかをその都度観察し、データにまとめています。ノートの取り方にも細かく指示があり、米国に来て以来基礎からやり直していますが、そのおかげで以前ならば見逃していた思わぬ発見に驚かされることもたびたびです。最近、ヒト卵子を用いた体細胞核移植により成人の1型糖尿病から2倍体の核移植ES細胞を樹立し、さらにインスリン産生能を有するβ細胞へと分化させることに成功し、その成果を英国科学雑誌のNature誌に発表いたしました。ヒト卵子を用いた体細胞核移植は胚性幹細胞と同等の能力を持つ多能性幹細胞の樹立を可能とし、将来的には疾患モデルの作成および免疫拒絶されない細胞治療への応用が期待できると考えています。

ニューヨークといえば、皆様ご存知のとおり全米一の大都市であり、ブロードウェイにあるミュージカルをはじめとしたエンターテイメントと観光の街としても知られております。さぞかし華やかで楽しい日々が待っていると思いきや現実は甘くなく、週末含め実験に追われる毎日が続いています。マンハッタン島内は住宅費が高価なため、ニューヨークからジョージワシントン橋を渡ってすぐのニュージャージー州フォートリーに家を借りて生活しています。研究所はコロンビア大学医学部のキャンパス内にあり、セントラルパークやハーレム地区のかなり北側に位置します。この166 street近辺は治安があまり良くなく、留学した当初は短い距離も歩くのが恐ろしく、走って研究所に通っていました。車での通勤をしようにも周囲にはほとんど駐車場がなく、さらにはマンハッタン島内に車で入るには毎回13ドルの通行料を徴収されてしまいますので、現在はバスで通勤しています。

ニュージャージー州はgarden stateといわれるほど緑が豊富で、empire stateといわれるマンハッタンから橋をひとつ渡るだけで雰囲気ががらりと変わります。フォートリーはこれまでに日本企業の駐在員が多く暮らしてきた経緯があり、日本人にはかなり住みやすい環境です。私たちの住むアパートには桜の木が植えられており、4月末には美しい満開の桜が日本の春の風景を思い出させてくれます.コロンビア大学に留学する日本人留学生も多数居住しており、昨年末には一期先輩の門平先生ご夫妻も近所にご留学されてきました。そんなわけで週末ともなると仲間で集まってバーベキューを楽しむ事ができ、とても良い息抜きになっています。また、パン屋やラーメン屋のほか、15分ほど車を走らせれば全米でも最大規模の日系スーパーMitsuwaがありますので、幸いにも食に困る事はほとんどありません。しかし、食材の値段は日本のほぼ2-3倍し、みょうが1パック500円では買うのに相当勇気が要ります(ので、買えないでいます)。

マンハッタンの緯度は青森とほぼ同等であり、寒冷な気候であることは渡米前から覚悟しておりましたが、それでも冬の長さと厳しさは想像以上でした。今冬の20年ぶりともいわれた大雪により、我が家の車は2回も窓ガラスが割れてしまいました。しかし冬が長い分、春の訪れの喜びはまたひとしお、木々の芽吹く音さえ感じるほど生命のエネルギーに溢れています。夫婦の唯一無二の楽しみであるメジャーリーグベースボールも開幕し、今年は楽天イーグルスから破格の契約で移籍してきたマーくんこと田中将大投手(こちらのヒトはタナーカと、"ナ"にアクセントを置いて発音します)がニューヨークヤンキースで大活躍して我々を熱狂させてくれています。米国での仕事や生活はままならぬ事も多くありますが、東海岸特有の四季のうつろいや折々のイベントを楽しみに、留学の時間を大切に過ごしています。

最後になりますが、この留学にあたりお力添えと貴重な機会を与えていただいた吉村泰典名誉教授、青木大輔教授、久慈直昭東京医科大学教授、浜谷敏生講師、成育医療センターの梅澤明弘センター長、阿久津英憲室長に深謝致します。また、暖かく見送ってくださった教室のみなさま、お世話になったすべての方々に御礼申し上げます。

2014年4月


村上 功 (平成15年卒)
Department of Pathology, University of Cambridge

私は2013年11月よりUniversity of Cambridge, Department of Pathologyに留学させて頂いております。留学先のボスが移動をするため2014年4月まではロンドンにあるNational Institute for Medical Research, Department of Virologyに所属し、5月よりケンブリッジ大学へ移動し研究に従事しています。

ボスであるDr. John Doorbarはヒトパピローマウイルス(HPV)研究で世界的に有名な研究者で、特にHPVの潜伏感染や再活性に関して大変興味深い研究を数多く発表しています。しかしラボは小規模で、現在Dr. John Doorbar、イギリス人のHeather、日本人の江川さん、イタリア人のChristian、そして私の5人が在籍しており、9月よりケンブリッジ大学と米国ペンシルベニア大学の学生さんが加わります。小規模故に様々なテーマを割り振られますが、ボスや他の研究者との距離が近く、相談や指導を受けやすい居心地の良いラボです。このような環境の中で、私はHPV11型(低リスク型)とHPV16型(高リスク型)の細胞内維持機構の解明と、最近発見されたマウスパピローマウイルスを用いてin vivoにおける潜伏感染・再活性の機序の解明を目的とした研究を行っています。

いずれは海外留学をしたいと大学院入学の時から漠然とでしたが考えていました。大学院在籍中の国内留学先である国立感染症研究所 神田忠仁先生や諸先輩方のお話を伺ううちに強い希望となりました。実際に留学を目指して動き始めたのは2011年からです。大学院時代、その後婦人科研究室でテーマとしていたHPVを継続していきたいと思い、またHPVの潜伏感染や再活性に興味があったため、現在のボスであるDr. Doorbarにアプライのメールを送りました。その後国際学会での面接を経て現在に至ります(しかし、イギリスでの外国人雇用やビザの手続きが煩雑で時間がかなりかかりました。更に本来は9月には渡英の予定でしたがイギリス人らしいのんびりとした対応のため2ヶ月も遅れました。。。)。希望したラボで研究できるだけではなく、postdoctoral fellowとしてケンブリッジ大学に正式に雇用されることになり本当に幸運だったと思います。

イギリスに対しての一般的な印象は、物価が高くてご飯がマズイ!だと思います。確かに家賃と交通費はかなり高いですが、スーパーマーケットで購入する食材は大変安くそして質が良いものが多いです。またチーズやワインは本場だけあり驚くほどリーズナブルです。悪評高いFish and Chipsもビールと共に食べると大変美味しく、休みの日の昼にパブのテラスで飲むビールは最高です!!医療費は基本的に無料で、その中には妊婦検診や出産費、子供のワクチンも含まれます(ただし出産後24時間(!)で退院となりますが。。。)。

ヨーロッパ留学の利点の一つは気楽にヨーロッパ諸国に行けるということです。LCCを使えば往復1万円くらいでヨーロッパ各国へ行けます。夏休みには現在シチリア島に留学中の81期大野暁子先生に、来年はストックホルムにあるカロリンスカ医科大学に留学中の外科の同期に会いに行こうと目論んでいます。

最近日本では妊婦やベビーカーに対して厳しい目が向けられると聞きます。しかしイギリスでは妊婦やベビーカーを押している女性に対して親切で、バスや電車では周囲が積極的にサポートをする事が日常となっています。また「Thank you」や「Sorry」を自然に言ったり、次の人のためにドアを開けて待っているのが普通であり日本も学ばなければならない文化だと感じました。その反面、日本に住んでいるときは気がつかない日本の良さを再認識することができ、留学での貴重な経験の1つであると思います。海外留学の第一の目的は研究で結果を出す事(論文)ですが、帰国後にも継続できる研究手法や考え方を身に着ける事も大切であると思います。それと同時に海外の文化や習慣を経験することで臨床医として成長することができるのではないかと思います。海外留学は研究面や日常生活での苦労が多いですが、それ以上に得るものがあると確信しています。

私が留学するに際しお力添えを頂き、貴重な機会を与えて頂きました吉村泰典教授、青木大輔教授に深謝いたします。またイギリス留学を経験された先生をご紹介頂きました稲城市立病院院長 北井啓勝先生、ケンブリッジ大学への推薦状を書いて頂き激励のお言葉を頂きました聖マリアンナ医科大学 鈴木直教授に深謝いたします。最後になりましたが人材不足の中暖かく見送って頂きました教室のみなさん、稲城市立病院の先生方にお礼申し上げます。留学を通して日本でも継続できる、教室に還元できる研究を身につけたいと思っています。またヨーロッパの素晴らしい文化を経験し臨床医として活かすことができるよう精進して参ります。

2014年7月