子宮頸癌ではヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が高頻度に認められ、発癌機構において重要な働きをしていることが明らかとなっています。HPVはほとんどが一過性の感染で、病変をつくることはありませんが、持続感染すると発癌リスクが高まると考えられています。持続感染しているHPVのエピジェネティクな変化を解析することで、その機構の解明に迫ります。また、HPVが感染すると宿主側の反応として細胞周期調節タンパクの過剰発現も見られます。このタンパクの発現異常を指標とした新たな補助診断法の確立を目指した研究を行っています。一方、In vitro解析の結果からHPVのE6,E7遺伝子が発癌に強く関与することが証明されています。我々は、このE6,E7の遺伝子発現を制御する転写因子HOXD9を同定しました(文献1,2)。子宮頸癌細胞株でHOXD9遺伝子を抑制するとE6およびE7遺伝子の発現が抑制され癌細胞は死滅します。この研究は新しい分子標的治療薬の開発へと繋がる研究として期待できます。
子宮頸癌はHPV感染だけでは発癌しないことも知られていることから、発癌に関与する他の因子、例えば喫煙やそのほかの微生物感染などの環境因子が癌化に及ぼす影響についてもin vitro実験および疫学的な手法を用いて解析しています。これらの結果をもとに臨床に役立つ新しい診断技術、癌発生予防方法についてあらたな知見を見出したいと考えています。
文献1. Hirao N. et al. Gynecol Oncol. 2019;155(2):340
文献2. Hayashi S. et al. Cancers . 2021 Sep 15;13(18):4613
所属メンバー
多くの癌で、自己の免疫細胞が癌を攻撃していることが明らかとなっています。私達も子宮頸癌の前がん病変であるCIN2病変において、病変の進行と消失に免疫細胞が関与すること(文献3)、進行子宮頸癌の予後に腫瘍の浸潤する免疫細胞が関連することを明らかとしてきました(文献4)。現在は、AIを用いて、組織像から各種の遺伝子変異や局所免疫応答を解析する研究を始めています。
近年、癌は患者の体内で免疫から逃れていること、その逃避機構を解明して解除すれば、飛躍的に免疫療法の効果が向上することが判明し、多くの悪性腫瘍で免疫チェックポイント阻害剤など癌免疫療法が臨床応用されています。私たちは以前より、新たな癌の免疫療法の開発と臨床応用にむけて研究を行ってきました。その成果によって2021年より、進行子宮頸癌を対象として、養子免疫療法の一種である腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)を第3種再生医療ならびに先進医療として実施中です(詳しくはjRCTc031200283を参照下さい)。
文献3. Chen G. et al. J Gynecol Oncol. 2023;34(1):e2.
文献4. Ohno A. et al. Gynecol Oncol. 2020;159(2):329.
子宮頸癌やその前癌病変である子宮頸部異形成は若年者に多く発症します。このため子宮を摘出せずに妊孕性を温存する様々な術式が開発されてきました。慶應大学は子宮頸部異形成に対する蒸散術や円錐切除術、初期子宮頸癌に対して実施される広汎子宮頸部切除術は、我国で最も早く実施し、この分野を先導してきました。これまでに集積した症例に基づく実績をもとに、エビデンスに基づく妊孕能温存術を実施するとともに、より安全な手術を行うための臨床研究を行っています。
2021年より進行子宮頸癌に対する養子免疫療法である「腫瘍浸潤リンパ球輸注療法(TIL療法)」を第3種再生医療の枠組みのもと、先進医療として実施しています。進行・再発子宮頸癌は、極めて難治で、有効な薬剤は限られています。TIL療法は、患者さん本人のがん組織に含まれるリンパ球と呼ばれる免疫細胞を採取して体外で大量に培養し、患者さんに戻す治療法です。TIL療法の注目すべき特徴は、期待される高い奏効率に加え、TIL療法でいったんがんが消滅した場合、その後の再発は少なく、完治する可能性もあると報告されていることです。また、ペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害剤が無効の症例でも一定の効果が期待できるとされています。我々は、このTIL製剤の製造技術を日本で唯一確立し、進行子宮頸癌を対象として、TIL療法を実施しています。
なお、2023年8月現在、TIL療法は一時中断しており、2024年春ごろの再開を予定しています。本試験の詳細は、jRCT(臨床研究実施計画・研究概要公開システム)で公開されており、再開時はまずこのサイトで公知されます。計画番号はc031200283 です。